<清掃>

一月、二月と『整理』、『整頓』について考えてきました。今日は、『清掃』について考えてみたいと思います。

『清掃』と聞くと、パッと頭に思い浮かぶのは、ほうきとチリ取り、そして雑巾とバケツです。「チリやほこりを取り除いてスッキリさせるのが清掃。」というのが私のイメージでした。ですから子供のころ「清掃をしなさい」と言われたとき、反射的にほうきとチリ取りを手にして掃除をしていたものです。

掃いたり雑巾がけしたりすることも清掃ですが、他の例を使ってもう少し考えてみたいと思います。

掃き清められた神社の境内に落ち葉が散らかっているとします。落ち葉の無い美しい環境を取り戻すには、ほうきでの清掃が有効です。

また、磨きあげられた拝殿の床にホコリが積もっていたとしましょう。ホコリの無い美しい床を取り戻すには、雑巾での清掃作業が効果ありそうです。

それでは、手水舎(境内の入り口で参拝者が手や口を水で清めるところ)に置かれたひしゃくが乱雑に散らかっている場合はどうでしょう。沢山の人たちが参拝に訪れるので、知らず知らずのうちに散らかってしまいます。美しく整った状態にするには、ひしゃくを元あった場所へ戻してあげなければなりません。

私たちは周りに色んなモノがあるおかげで快適な生活を送ることができています。しかしモノはこのひしゃくのように、使えば必ず汚れたり散らかったりしますし、時には壊れてしまうこともあります。また私たちは毎日食事もするし、トイレにも行きます。このように、生きるためには、汚したり散らかしたりすることを避けては通ることができないようです。

しかしその一方で人間は美しいものを本能的に求め、あこがれるものです。散らかす自分と美しさを求める自分。この相反する状態を解決するのが『清掃』なのでしょう。つまり、散らかり汚れてしまった環境やモノを、自分が理想と決めた姿・形へ「元へ戻す」大切な作業が『清掃』であるといえます。

『整理』・『整頓』であるべき姿を決めても(定量化と定置化)いずれ必ず散らかります。

私たちは常に『清掃』を実践することで、良い環境を維持するように心がけてまいりたいと思います。