<整理の真髄>

私たちは多くのモノに囲まれて生活をしています。生身のからだに衣服をまとい、腕時計やアクセサリーを身につけ、スマホやパソコン、本や雑誌、冷蔵庫やテレビ、家や自動車、趣味に使う道具や仕事に使う道具、食料品の備蓄やお金の蓄え・・・等々。

生まれるとき裸一つでこの世に誕生した私たちですが、その後何年もかけて、手元に集めてきたものが私たちの身の回りを取り囲んでいることに気がつきます。

私たちは「これは必要なモノである」と判断して自分のものにします。当り前のことですが、「要らない」と判断すれば手に入れませんね。

いったん手にしたものでも、サイズが合わなくなった衣服や壊れて動かなくなってしまった時計などを、今度は「不要である」という判断をしてリサイクルに出したり廃棄したりして処分をします。

したがって、私たちが要るものと要らないものを正確に判断することができれば、スッキリした気持ちの良い幸せな毎日を送れるはずなのですが、自分自身の回りを見渡してみますと、本当に必要なモノがなかったり、逆に不要なものがあふれていたりしています。また、ときには大切にしていたものを、突然の事故で失ってしまうこともあります。

冷静に考えれば、この世に存在するすべてのものは、その姿をとどめ続けることはあり得ないのですが、私たちは、これからも永遠にあり続けるものと勘違いをし、要・不要の判断を先延ばしにしているケースが少なからずあると思います。

モノに限らず、植物や動物、水や空気、そして仲間や家族、するすべてのものには寿命があることを誰もが知っていながら、失くしてしまって初めてその大切さに気付かされることもあります。

無いものを強欲に求めたり、判断すべきことを放置していたり、また失ってしまったものをいつまでも嘆き悲しんでいたのでは、決して私たちの精神的イキイキ度を向上させることは出来ません。

整理(要・不要の区別)をすることの真髄とは、自分の回りにあるすべてのモノ、自然、仲間や家族に対し「存在していてくれてありがとう!」と心から感謝する気持ちを持てるような人間になることなのではないでしょうか。