<ありがとう・ごめんなさい>

小さい子供に初めて教える言葉が「ありがとう」と「ごめんなさい」というケースが日本では多いそうですが、諸外国でも同様だそうです。国が違っても、何故こうした共通点があるのでしょうか?

地球上には、有史以来、様々な動物が存在していますが、その中で決して強い動物ではなかった人類が単独で生存することは容易でありませんでした。そこで、共に寄り添い社会を形成し、互いに助け合うことで、他の動物たちとの生存競争に負けることなく、今日まで存在し続けてこられました。

そうした人類社会の中で自然と必要とされてきた言葉が、「ありがとう」と「ごめんなさい」であったのではないかと思います。

人間は「自分だけ楽をして生きていきたい」という自分中心の利己的な気持ちと、「一生懸命頑張って人の役に立ちたい」という他者を思いやる利他的な気持ちとを併せ持ちながら生きている動物です。

しかし、外敵から私たちの身を守ってくれる強固な社会を築きそれを維持していくためには、他者の勇敢で善い行いには賞賛と感謝の意を伝え、そして自らの怠惰で悪いふるまいには謝罪と反省の意を伝える。また、他者の利己的な言動に気づいた時には、そのことを相手に伝える。こうした事が、とても大切な事だったと思います。何故ならば、私たちは「善い行いの出来る人間でありたい」と思っていても、生身の肉体を持つ動物である以上、時には身勝手な言動をとってしまうことがあるからです。

従って、小さな子供でも知っている根源的な“善い行い”や“悪い行い”に触れたとき、私たちは人として正しい言動を取る勇気を持つことが大切だと思います。

つまり謙虚さをもって、“善いことは良い”“悪いことは悪い”と素直に認めること。そして、勇気をもってそのことを他者に伝えることが、社会の中で生きる私たちに課された守るべき基本ルール(義務)であると思います。

他者の言動の善悪は見えても、自分の行動の善悪は見えないものです。そして「ありがとう」「ごめんなさい」を他者に伝える事に加え、自分たちが日々発する言動の善悪を、互いに声に出して確認し合うことが、私たちがこれからも素晴らしい社会を築いていく上でとても重要なことだと思います。