<時間を守るということ>

先日、数名の社員さんから、「休憩時間のとり方がルーズになっている人が見受けられます。」と話がありました。そこで早速、該当する一人一人とお話しをしたところ、面白いことに気付かされました。それは、全員が休憩時間のルールは熟知しているが、“色々な理由”があって守れない場合が有る。ということでした。

しかし話をよく聴いてみると、その“色々な理由”は二つに集約されることがわかりました。①少しくらい良いだろう②自分だけじゃないから良いだろう。結局のところ、自分にとって都合の良い解釈でルールを逸脱した休憩を取っていたということが共通点でした。

人間は本来、生まれながらにして善良であり、良い考え方をするものだと私は信じています。しかしその一方で、人間は実に弱いもので、自分の欲望に負け、環境に負け、自らを律することができなくなると、ダメだとわかっているのに、人の道に反すること(=悪)を平気でやってしまうのも事実だと思います。

もちろん、多くの人は「善は善、悪は悪」という考えの下、自分を律し、人に流されず正しいことを実践しようと努力しています。しかし、「時間を守る」という実に簡単で、善し悪しの議論をはさむ余地の無い行動でさえ、そもそも善良であるはずの人間が、身勝手な理由のもと、実践しなくなってしまうということを思い知り、私自身大いに反省をしました。

「時間を守ること」について問えば、全員が「守ることは当たり前」と返すでしょう。「守らなければ他者に迷惑をかける」とも答えます。しかしながら、「あなたは、過去すべて守ってきたか?」との問いに対しては、はたして何人の人が「はい」と返すことができるでしょうか? 私は残念ながら「いいえ」です。

私自身の反省により、正しい行動の基礎とは何かを定義して皆さんにお伝えするようにします。そして、T&A全社員が、自信をもって常に正しい行動が出来る環境を整えます。

以前この紙面に書きましたが、ある寺のお坊さんによると、「わかっちゃいるけどやめられない」これは煩悩ある人間の真の姿を現したものだそうです。人間は弱い生き物。だからこそ、仲間同士、互いに現状を点検し合いながら、共に前進していかねばならないとあらためて思います。